ソウル・ミュージック

1970年代のディスコミュージックの流行までの黒人音楽は、特別な輝きが有りました。

 

そんな輝けるソウルミュージックを紹介します。

【Tommy Tate】するめのように深い味わい!

 

 

I'm So Satisfied

 

Tommy Tate  トミー・テイト 

 

 

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【Jackie Day 】私は黒人。私は女性。でも、いつか自由になる!

 

Dig It The Most

 

Jackie Day ジャッキー・デイ

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【Alice Clark 】のびのびとした歌声が、心の開放感を誘う

 

The Studio Recordings 1968-1972

 

Alice Clark  アリス・クラーク

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【Mable John】話している時でさえ歌っている!生粋のシンガー

 

Stay Out Of The Kitchen

 

Mable John メイブル・ジョン

  

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【 Ann Peebles】洗練されたHiサウンドと女性ボーカル、南部ソウルの完成形

 

The Complete Ann Peebles on Hi Records Vol.1

 

Ann Peebles アン・ピーブルズ

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【 Bettye Swann】訴えかけるような、可憐な歌声のソウル

 

The Complete Atlantic Recordings

 

 Bettye Swann ベティ・スワン

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【Denise La Salle】パワフルだけど繊細、ソウルフルな歌声

 

Trapped by a thing called love / on the loose

 

Denise La Salle デニス・ラサール

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【Soul Children】男女二人の4人組という独創的なソウルグループ

Soul Children / Best of Two Worlds

 

Soul Children ソウル・チルドレン

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【Bill Brandon】サザンソウル歌手の中でも最も過小評価されている一人

On the Rainbow Road

 

Bill Brandon ビル・ブランドン

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【Hot Sauce Featuring Rhonda Washington 】無名ながら、1曲目の歌い出しを聴いただけでノックアウト

Good Woman Turning Bad

 

Hot Sauce Featuring Rhonda Washington  ホット・ソース フィーチャリング ロンダ・ワシントン

 

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009

THE CHESS COLLECTION

LAURA LEE ローラ・リー

Laura Leeは1945年シカゴ生まれ。既に幼い時からお母さんのゴスペルグループ「Meditation Singer」のリードシンガーになり、世界中で唄っています。

 

「私たちは、ラスベガスで歌った初めてのゴスペルシンガーズだった。ニューヨークのコパカバーナも、ワシントンDCのハワードシアターも、パリのオペラハウスも。アンティーブのジャズフェスティバルも。みんな私たちの歌を好きになってくれた」。

 

「ラスベガスではFrank SinatraとSammy Davis Jr.も見に来てくれたわ。Frankは『ビックな声の小さな女の子』って私を呼んでいて、レコードを出さないかって父に持ちかけたけど、父は私が若すぎると思って断ったの」

 

Lauraはまた、唄いながらモデルの仕事もしていました。彼女の美しくとても目立つ顔立ちと、マスカラをいっぱいつけた長い睫毛で、ペプシコーラの宣伝の契約をしていたこともありました。「モデルは好きだったけど、インテリアデザイナーになりたかった。父は、私が小さい頃算数が得意だったので、会計士になって欲しいと思っていたみたい。ビジネス・カレッジに行ったけど、結局辞めて、歌に専念する事に決めたの」

 

このCDは、そんな容姿端麗、才色兼備なLaura LeeのChess時代の曲を集めた全21曲のお徳盤です。彼女は、”非常に心地よくて魅力的でグリッティな”(tantalising gritty)ボーカルで唄う”情熱がくすぶり続けるようなディープソウルバラード”(smouldering deep soul ballads)に、”脈打つような鼓動が粋なファンク・ソウル”(pulsating funk soul swagger)のMama's Got A Good ThingやIt Ain't What You Do (But How You Do It)など、どんな曲でも素敵に歌い上げます。ライナーノーツからもってきた形容詞はとても感覚的なので読んだだけだと良く分からないと思いますが、聴くと何となく納得してしまいます。


008

Inside The Glass House+Thanks I Need That

GLASS HOUSE グラス・ハウス

Glass Houseは、Ty Hunter、Larry Mitchellの男性2人と、Scherrie Payne、Pearl Jonesの女性2人の男女混合4人組のグループです。リードボーカルは、Ty HunterとScherrie Payneの二人です。Motownを辞めたHolland兄弟とLamont Dozierが作った、非常に短命に終わったInvictusからアルバムを2枚リリースしました。

 

Scherrieのお姉さんのFreda Payneは、同じレーベルの看板女性アーティストで、Band Of Goldなど、ヒット曲を出しています。Scherrieは、特にお姉さんの後を追おうと考えていたわけではなく、実際、教師をしていました。

 

ある日、FredaとEdward Hollandが電話で仕事の話をしていた時に、Scherrieがピアノを弾きながら唄っていて、バックグラウンドミュージックのように流れていました。EdwardがFredaに尋ねると、「私の妹なの」と答え、そして「とっても可愛くて、歌も唄えるのよ」と付け加えました。FredaとScherrieは美人姉妹としても有名です。

 

このほとんど意識しなかった行動が、結果としてInvicusのオーディションになり、彼女はGlass Houseに参加する事になりました。その後、20世紀で最も偉大な女性グループ(とライナーノーツは言っています)Supremesの、Diana Ross脱退後のメンバーになりました。

 

このCDは、InvicusでのInside The Glass HouseとThanks I Need Thatの2枚のアルバムにシングルを加えた、2枚組全26曲のお徳盤です。どの曲もクオリティは高く、メロディが良いのが特徴です。実は、Scherrieは曲も書けて、Holland兄弟やLamont Dozierと共に作曲者にクレジットされている曲が結構あります。


007

The Complete Ty Karim

TY KARIM タイ・カリム

Ty Karimは1947年ミシシッピー生まれ、15歳で結婚して離婚、10代の終わりにKent Harrisと出会って再婚し、一緒にレコードを作る事になります。ライナーノーツでは、「豊かで、深くて、ハスキーな声」とか「深く、濃い、ハスキーな声」と形容しています。

 

Tyは5フィート9インチ(175.26 cmですね)、長い脚の魅力的な容姿でした。失読症でしたが、強く、自信にあふれ、常に楽観的な性格でした。娘のKarimeは、「母がガレージでリハーサルをしていて、思う存分楽しんで唄っていたら、近所の人たちがみんな来て、拍手をしてくれたのを覚えているわ。母は歌を聴いてくれる人が大好きで、そんな母の才能と容姿が自慢だったの』と、インタビューで答えています。

 

このCDは、Ty Karimの全シングルを集めた全23曲のお徳盤です。どの曲もTyのハスキーで魅力的な声が堪能できます。ちなみにですが、Darrell BanksのSomebody (Somewhere Needs You)は、Lighten Up Babyの歌詞違いだそうです。情けない事に全然気が付きませんでした。


006

Feed The Flame

SPENCER WIGGINS スペンサー・ウィギンス

Spencerは1942年メンフィス生まれ。当時のメンフィスは、後の有名な黒人アーティストがいっぱいで、子供の頃の友達には、J BlackfootやDan Greerがいました。一方、近くにはBobby BlandやMaurice Whiteが住んでいました。

 

Spencerは1961年に卒業し、彼には1つの野心がありました。「高校を出ても大学には行く気がなく、大物アーティストに成りたいと心の中でいつも思っていたんだ」と語っています。

 

地元のクラブで活動を始め、Goldwaxと契約しました。素晴らしい曲をいっぱい残しましたが、全く売れませんでした。その後、FAMEのオーナーRick HallがSpencerの契約を買い取りたいと申し出て、FAMEからレコードが出る事になりました。ここでも全然売れずに、今度は学校時代の友達Dan GreerのSounds Of Memphisに移ります。シングルが3枚ほど作れる数のレコーディングをしますが、結局「I can't be satisfied」1枚がXLから発表されただけでした。

 

1973年にSpencerは引退し、フロリダの教会でGospelを歌い続ける事になります。売れなかった原因はマネジメントとプロモーションの欠如だ、とライナーノーツは書いています。「車輪は回り続けるんだけれど、どこにもいけなかった感じだった」とSpencerは当時を語っています。

 

このCDは、FAMEでの3つのセッションを中心に未発表曲を加えた、全22曲のお徳盤です。というより、半分以上が未発表曲ですが、クオリティはとてつもなく高いです。これだけ素晴らしいと、本人もいつかは売れるだろうと、心の中では信じていたのではないでしょうか。


005

After Laughter Comes Tears

WENDY RENE ウェンディー・レナ

兄弟の1人と友達2人と一緒に、the Drapelsという名前のボーカル・カルテッドで、1964年にWendyはデビューしました。面白いのは彼女の名前で、出生証明書ではMary Friersonですが、家族内では単にLittle Sister、学校ではMary Louと呼ばれていました。デビュー時に、スタックスの歌手兼宣伝係のDeanie ParkerがWendy Stormという名前を提案しました。本人は「なかなかキャッチーな名前」と思ったそうですが、その時にOtis ReddingがWendy Reneと言って決まりました。本人もお気に入りだったそうです。

 

The Drapelsで2枚シングルを出した後、Wendyは高校時代に書いた曲After Laughter Comes Tearsでソロデビューします。今では、サンプリングで使ったWu-Tang Clanの曲の方が有名ですが、ヒットしました。ビルボードのデータベースで調べると1964年10月10日に、1週だけポップチャートで134位になっています。

 

このCDは、本当に短い2年間での、The Drapelsとソロの曲を集めた全22曲のお徳盤です。若く元気いっぱいだけど、何故か少しだけ悲しい感じも有るWendyの声は本当に魅力的で、後から思い出す青春時代に似ています。


004

Can't Find Happiness

BARBARA & THE BROWNS バーバラ&ザ・ブラウンズ

60年代のメンフィスは、全米で最も音楽的に重要な都市の一つでした。そのメンフィスで、女の子が10人、男の子が2人という大家族だったブラウン家は、教会でゴスペルを歌っていました。Barbaraがリードで、3人の姉妹、RobertaとBetty、Mavriceと共にthe Brown Sistersとしてオリジナルのゴスペルを唄っていました。

 

兄弟の一人であるRichardがゴスペルのレコードを作りたいと、Chips Momanに会いに行きました。Chipsは彼らをオーディションすると、その時作っていたBig Partyという世俗的なR&Bの曲が合うのでは感じました。Mavriceは、「R&Bなんて唄いたくなかったけど、差し出されたのがそれしかなかった」と言っていたそうです。

 

それから、Staxで数枚、その後に他のレーベルからも数枚シングルを発表しました。最後は、1972年の4月4日に、Dan GreerとのセッションのPity A Foolを発表したのが最後になりました。このCDは、その全てを収めた全20曲のお徳盤です。暑いギターと炸裂するホーンのアップテンポのメンフィスサウンドYou Don't Love MeやDan Greerが美しいストリングスを付け加えたPity A Foolなど、アップテンポもスローも素晴らしい出来です。


003

Lay This Burden Down

MARY LOVE メアリー・ラブ

Mary Loveは1946年、カリフォルニア州、サクラメント生まれ、お母さんのRamonaは何とまだ16歳でした。

 

結構大変な環境で育ちますが、17歳の時にタレントコンテストに出始めました。90lb(40.8キロ)しかない彼女がEtta JamesのSomething's Got A Hold On Meを唄うと、聴衆はみんなびっくりした表情になったそうです。

 

その当時、Maryはたくさんのデモテープを作っていました。プロデューサー兼アレンジャーで曲も書くHal Davisは、本名のMary AllenよりMary Loveの方がよりコマーシャルな名前だと考え、Maryもそう思い名前を変えました。そして、1965年から1697年まで、Modernから12曲のシングルを発表しています。

 

このCDは、そのModern期に、その後発表した曲を加えた全25曲のお徳盤です。どれもポップで弾けるようなメロディに、甘いだけでなくパンチの効いたMaryのボーカルで素晴らしい曲です。


002

I'm the One Who Loves You

DARRELL BANKS ダレル・バンクス

Darrell Banksは1937年、オハイオ生まれ、最初のレコードOpen The Door To Your Heartを1966年に発表しました。活動期間が非常に短く、たった7枚のシングルと2枚のアルバムしか発表していません。そして、1970年にデトロイトで、三角関係のもつれから嫉妬した警察官に射殺されるという、衝撃的な死に方をしました。明らかに殺人のように思いますが、警官は告発されませんでした。なんだか、最近の一連の事件とよく似ています。

 

このCDは、DarrellがStaxの子会社Voltから出した、彼の2枚目で最後のアルバムHere To Stayに、シングル盤のみでリリースされた曲やデモなどを加えて、英国のKENTが発表しました。

 

19曲全て、声も曲も演奏も素晴らしの一言です。ライナーノーツには、1曲目でStax最初のシングルであるJust Because Your Love Has Goneを、南部ソウルバラッドの模範的な曲で、繊細な歌詞とメロディをもった曲だと書かれています。しかし、大ヒットにはなりませんでした。信じられません。理由があるなら知りたいです。

 

最後の曲No One Blinder (Than A Man Who Won't See)まで、何とも気持ち良くて幸せな気持ちの60分になりますよ。


001

Anthology

ANN SEXTON アン・セクストン

Ann Sextonは1950年、サウスキャロライナ生まれ、多くのサザンソウルのシンガーと同様に、小さいときに教会で歌い始め、60年代遅くに地方のクラブでプロシンガーとしてキャリアの第一歩を踏み出しました。

 

Annは最も過小評価されているソウルシンガーの一人です。あの有名なナッシュビルのプロデューサー兼DJのJohn Richbourgが、かつて一度「感動的な声を持つ素晴らしい歌手だ」と述べています。John Richbourgが誰なのか全く知りませんが、とにかくライナーノーツはそう言っています。

 

 

このCDは、Annの2枚のアルバムLoving You Loving Me(73年)とThe Beginning(77年)の2枚がカップリングされたお徳盤です。一曲目のYou've Been Gone Too Longでは、ギターに始まり、ホーンのイントロに続き、Annのどっしりと落ち着いた美しい声が唄い出します。大地のようなAnnの声はやさしく包み込み、聴いていると本当に心が落ち着きます。アップテンポのYou've Been Gone Too LongからちょっとミディアムのColor My World Blue、スローのKeep Holding Onまで、全22曲どれも素晴らしい出来です。